■ 1. 地震から見る耐震規定の変遷
日本は世界有数の地震大国ですが、大地震のたびに過去と類似の被害が繰り返されています。時代の変遷に従い、建築物や社会の発展も変化して、過去に経験のない新しい災害も発生し、耐震構造の技術が試されて発展してきました。ここで、明治以降の日本での特筆すべき地震と構造設計法の変遷を表1に示します。
1891年濃尾地震(図1)は、内陸で起こった最大の地震(M8.0)であり、断層のずれが6mにも達しています。
現在の構造設計法は、1981年に施行された「新耐震設計法」であり、中地震に対する許容応力度設計だけでなく、大地震に対して倒壊を防ぐため、保有水平耐力の確認という項目が新たに追加されました。
2000年には、同じく建築基準法施行令が改正され、「限界耐力計算法」の新設や超高層建築物・免震建築物・制震建築物の設計用入力地震動の基準化が図られました。
2011年3月の東北地方太平洋沖地震(図2)を受けて、2017年4月に「超高層等建築物における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動対策」が施行され(図3、図4)、関東地域、静岡地域、中京地域、大阪地域の長周期地震動が決定されました。
南海トラフ沿いの巨大地震は、「1944年12月東南海地震」、「1945年1月三河地震」、「1946年12月昭和南海地震」と過去の地震から東海・東南海・南海の3つの地域で連動して起こることを想定されたもので、これらの地域では100年から150年程度の間隔で歴史的に起こっている地震です。
この長周期地震動は、地域によっては2000年に定められた地震動の2倍の強さに達する場所もあり、超高層建築物や免震建築物のような長周期建築物にとっては、大変大きな問題となります。
また、首都圏を対象に「相模トラフ巨大地震」も近い将来で起こる可能性が非常に高く、政府の対策が急がれています。
表1 明治以降の地震と耐震規定の変遷
発生日 | 地震名称 | 規模(M) | 法規・規範等 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1891年10月28日 | 濃尾地震 | 8.0 | ||
1896年06月15日 | 明治三陸地震 | 8.2 | ||
1919年 | 市街地建築物法の施行 | |||
1923年9月1日 | 関東地震(関東大震災) | 7.9 | ||
1924年 | 市街地建築物法の改正 | |||
1927年3月7日 | 北丹後地震 | 7.3 | ||
1933年 | 鉄筋コンクリート構造計算規準 | |||
1933年3月3日 | 昭和三陸地震 | 8.1 | ||
1941年 | 鉄骨造計算規準 | |||
1944年12月7日 | 東南海地震 | 7.9 | ||
1945年1月13日 | 三河地震 | 6.8 | ||
1946年12月21日 | 昭和南海地震 | 8.0 | ||
1948年6月28日 | 福井地震 | 7.1 | ||
1950年 | 建築基準法的制定 | |||
1964年6月16日 | 新潟地震 | 7.5 | ||
1968年5月16日 | 十勝沖地震 | 7.9 | ||
1971年 | 建築基準法施行令の改定 | |||
1978年6月12日 | 宮城県沖地震 | 7.4 | ||
1981年6月 | 建築基準法施行令の改正 | 新耐震設計法 | ||
1995年1月17日 | 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災) | 7.3 | ||
2000年 | 建築基準法施行令の改正 | 限界耐力設計法 設計用入力地震動 | ||
2011年3月11日 | 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災) | 9.0 | ||
2017年4月 | 超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動対策 | 関東区域・静岡区域 中京区域・大阪区域 |
■ 2. 免震・制震・耐震構造の比較
建築物の構造性能は、人命保護、損傷防止、機能維持の3つに大きく分類されています。表2に建築構造の性能の比較を示します。免震構造と制震構造は、耐震構造と違って、建築物に入った地震エネルギーを装置で積極的かつ効率的に吸収することで、建築物の揺れを抑えます。
表2 建築構造の性能
人命保護 | 損傷防止 | 機能維持 | |
---|---|---|---|
耐震構造 | ◎ | × | △ |
制震構造 | ◎ | ◎ | 〇 |
免震構造 | ◎ | ◎ | ◎ |
次に、免震建築物および制震建築物の事例を用いて、免震・制震・耐震建築物についてそれぞれの特質や性能比較を示します。
(1)免震建築物の検討例
本建築物は、東京都に建つ21階建ての中間階免震建築物ですが、南海トラフ沿いの巨大地震に対する影響は大きくありません。しかし、1703年12月31日に起こった元禄関東地震(M8.1~8.2)や1923年9月1日に起こった大正関東地震(M7.9)のように相模トラフ沿いの巨大地震が現在内閣府で検討されているため、本検討では南海トラフ沿いの巨大地震による大阪地域のOS2区域(赤字及び赤塗の区域)の地震動を参考として使用しています(図5)。OS2波は、4秒から8秒にかけての周期帯で日本の建築基準法の1.5倍の強さの地震動となっています。設計用入力地震動の応答スペクトルを図6、解析モデルを図7に示します。比較のために、免震建築物に加えて、耐震建築物を用いて検討を行います。
図8に最大応答変位、最大応答加速度、最大応答層間変形角を示します。黒線が耐震建築物、カラーの線が免震建築物の応答結果です。
最大応答変位では、免震建築物は免震階が大きく変位し、免震階上部の変形は小さいことが分かります。また、長周期地震動OS2波に対しても免震階は水平クリアランス60cm以下であることが確認されます。一方、耐震建築物は、各階とも大きな変位を生じていることが分かります。
最大応答加速度では、免震建築物は200gal程度であるのに対して、耐震建築物は400~580gal程度であり、免震建築物の2~3倍ほど大きいことが分かります。
最大応答層間変形角では、免震建築物は1/200以下であるのに対して、耐震建築物は地震動によっては1/100を超える階も存在します。次に最大応答層間変形角を受けた時の梁の損傷状態を確認します。図9は、柱・梁試験体の載荷試験の写真で、上側が層間変形角1/200のときのひび割れで、0.1mm程度の微細なもので地震動が終了すれば閉じてしまう程度のものです。このように免震建築物は損傷を生じないことがわかります。一方、下側は、層間変形角1/80のときのひび割れで、多数のひび割れを生じひび割れ幅も1~2mmと太いものとなります。また、梁の下端では圧壊が生じており、損傷を補修する必要も生じます(動画1)。
動画1 免震建造物と耐震建造物のシミュレーション解析
(2)制震建築物の検討例
1)トグル制震建築物と耐震建築物の比較
本建築物は、14階建ての鉄骨造建築物で、トグル制震装置を2階から3階にまたがって配置しています。ここでは、トグル制震建築物と制震装置がないときの耐震建築物とをY方向のみの地震応答解析により、性能を比較します。入力地震動は図6に示した地震動とします。最大応答層間変形角(図10)は、制震建築物は1/100以下であり、部材は弾性範囲内となっています。一方、耐震建築物は1/80を超えて、梁の降伏が起きていて、損傷が見られます(動画2)。
動画2 トグル制震建築物と耐震建築物のシミュレーション解析
2)トグル制震建築物と制震壁建築物の比較
次に、トグル制震装置の場合と粘性体制震壁を使用した場合の性能を比較します。最大応答層間変形角を同等とするまでに必要な制震壁は、1100kNが40台となりました。最大応答層間変形角(図13)はほぼ同じで、どちらの結果も1/100以下となっていますが、制震壁の基数はトグル制震装置の5倍もあり、かつ2階~11階までの連続配置が必要となります。
同じ制震建築物でも、必要な制震装置の数が大きく異なりますが、その理由について以下に示します。
図14にトグル制震装置及び制震壁の1台あたりの地震エネルギーの吸収量を示しています。トグル制震装置は、制震壁の5倍程度の吸収エネルギーがあることが分かります。トグル制震装置は、小さい力で変形を増幅してエネルギーを吸収するため、取付階より上部に地震力が増加することを防いでいます。一方、制震壁は、大きな力でエネルギーを吸収するため、取付階より上部に地震力が増加し、この建築物の例では2階から11階まで設置する必要が生じました(動画3)。
動画3 トグル制震建築物と制震壁建築物のシミュレーション解析(トグル制震装置8基⇔制震壁装置40基)
■ 3. 対震設計とは
当社は、昨今の想定外の巨大地震に対応するため、地震に耐える「耐震設計」ではなく、地震に対処するため、振動エネルギーを吸収する「対震設計」により、建物の損傷を抑えることが可能な制震・免震技術の発展・普及に努めております。
当社の設立者である日本大学理工学部建築学科・石丸辰治先生の「対震設計」の理論について、第一部に紹介させて頂きます。また、第二部には地震動の強さや200m級の塔状鉄塔構造物の耐震改修に用いられた「D.M.ダンパー」を用いた設計事例を、第三部には複素固有値解析の意義と最適設計論を、第四部には塑性率と累積塑性率の制御(未完成)を、原文のまま紹介させて頂きます。
- 第一部ご存知でしょうか?
消費カロリー2,500kcalで大きな構造物が揺れていることを!pdf - 第二部震度7に対応できる設計技術は?pdf
- 第三部 耐震設計の数理背景
複素数展開と免震・制震pdf - 第四部(未完成) 最適設計論の定性・定量的考察
Smart Seismic Design のための塑性率と累積塑性率の制御pdf
石丸 辰治先生の著書
1. 応答性能に基づく「対震設計」入門, 彰国社, 2004年
2. 対震設計の方法 ダイナミックデザインへの誘い, 建築技術, 2008年